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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4796号 判決 1998年7月03日

原告

安藤行雄

被告

株式会社グリーンキャブ

主文

一  被告は、原告に対し、金一六六八万三八六〇円及びこれに対する平成四年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四八〇〇万円及びこれに対する平成四年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

本件は、一部請求である。

第二事案の概要

本件は、原告が、以下に述べる交通事故につき、被告に対して、自動車損害賠償保障法三条を根拠に損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成四年三月二三日午後一一時三六分ころ

(二) 場所 東京都台東区蔵前四丁目五番一〇号先江戸通り路上

(三) 加害者<1> 自動二輪車(習志野け・四二七九、以下「加害二輪」という。)を運転していた訴外滝口達哉(平成四年四月二四日死亡、以下「訴外滝口」という。)

加害者<2> 被告保有車両である普通乗用自動車(品川五五、き・七一八七、以下「加害車両」という。)をタクシー運転手として運転していた訴外折原修二(以下、「訴外折原」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 本件事故現場(蔵前橋通りと江戸通りの交差する通称蔵前一丁目交差点)において、原告が、本郷方面から本所方面に向かって横断歩道を歩行中、訴外滝口運転の加害二輪と衝突して転倒した(これを「第一事故」という。)。

第一事故により現場に転倒していた原告を、折から本件事故現場の江戸通りを日本橋方面から三ノ輪方面に向けて走行してきた加害車両が轢過した(これを「第二事故」という。)。

なお、後述するように、被告は第二事故の存在を争っており、その点の判断は後に示すこととするが、第二事故の存在が結論として認められること、事案の概要として示しておくことがより理解し易いと思われることを考慮し、あえてこの項で記載した。

2  責任

被告は、加害車両を保有していたものであるから、原告の人身損害について賠償すべき責任を負う。

3  傷害結果

原告は、本件第一及び第二の各事故により、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、気脳症、多発肋骨骨折、血気胸、開放性尾骨骨折等の傷害を負い、受傷当日救急車で駿河台日本大学病院救命センターに搬送され、同所で手術を受けたのち、同病院で平成四年五月一八日まで入院・治療を受け、さらに苑田第一病院に転院して、同月二四日まで入院・治療を受けた。

その後、同年六月二日から平成六年二月一九日までの間に合計二四日間駿河台日本大学病院に通院・治療を受けた。

平成七年三月七日、業務中本件事故に基づく外傷性てんかんの発作を起こし、同日から翌日まで森山病院に入院・治療を受けた。

同年七月七日には、てんかん発作の点につき症状が固定し後遺障害が残り、自賠責保険においては、後遺障害別等級の九級一〇号に該当するものと認定されている(甲第一六号証、乙第六号証)。

4  損害のてん補

本件事故の損害賠償金の一部として、加害二輪に掛けられていた自賠責保険により、四九二万八〇〇〇円の支払いがなされている。

二  争点

1  第二事故が実際に発生したか。

被告は、第二事故自体がなかったと主張している。

2  被告に責任があるか。

被告は、かりに第二事故があったとしても、訴外折原には過失がなかったとも主張している。

3  被告に責任があるとして、原告に発生した損害全部につき賠償責任が認められるか。

被告は、本件の場合に責任を負うことがあるとしても、第一事故と第二事故との間に客観的関連性はなく、特に、原告の後遺障害に関する部分はすべて第一事故によるもので、被告がこの点についてまで責任を負うことはないと主張している。

4  過失相殺の有無及び程度

被告は、原告は信号が赤であるのに横断を開始したものであり、相当な過失相殺がなされるべきであると主張している。

5  損害額

被告は、ことさらこの点を争っている訳ではないが、認めている訳ではないので、簡潔に判断を示すこととする。

第三当裁判所の判断

一  第二事故の発生について

1  証人杉山正行(以下「杉山」という。)の供述によれば、杉山がタクシーを運転して、本件事故現場の蔵前橋通りの本郷よりで信号待ちをしていた際に第一事故を目撃し、その直後に信号が青になったので、左折して転倒していた原告を通り過ごして、本件事故現場よりやや浅草方面よりの電話ボックスから一一〇番通報をしてボックスを出たところで、訴外折原運転のタクシーが原告を轢過していくのを現認したので、タクシーのナンバーをひかえたことが認められる。

杉山の右証言は、利害関係のない第三者による直接の目撃証言(特に第二事故については、第一事故の直後であり事故のあった方を注意していた際に目撃したことであるから観察は正確であろう。)であり、その内容が具体的であり、一貫している上、特段不自然な点は見受けられない。

また、杉山以外にも、加害車両が原告を轢過したのを目撃した者がいることが窺われる。すなわち、加害車両を本件事故現場から追尾してきて、加害車両が人身事故を起こした旨を訴外折原に告げた者がいる(証人岸本克己、乙第四号証)。加害車両を運転していた訴外折原自身や乗客も、本件事故現場付近で加害車両が何かをふんだような状態になったことがあることを認めていること(証人岸本、訴外折原)等を総合考慮すれば、本件第二事故の発生は明らかである。

2  被告は、加害車両によって原告が轢過されたというには、原告の身体に加害車両に轢かれた時の痕跡が残っていないことをあげて、第一事故の存在を否定しているが、衝突や轢過の具体的な態様が詳細に分かっていないのであるから、そのような立論自体に難があり、前述した原告の受傷の中には第二事故によって生じたものと考えて差し支えないものもある。乙五号証(支倉教授の意見書)は、右結論を特に左右するものではない。

二  被告の責任について

被告は、訴外折原に過失がなかったとして被告の責任を否定する趣旨の主張をしているが、本件は原告が被告に対して自賠法三条に基づく請求をしているのであるから、同条ただし書の主張としては被告の右のような主張のみでは不十分である。

実質的に考えても、交通事故によって路上に転倒している人間を発見しないで、または発見が遅れて轢過すれば、当然前方不注視等の過失が推認されよう。

三  被告の損害賠償の範囲

被告は、本件は単純に民法七一九条一項を適用すべき事案ではないとしている。

しかし、第一事故と第二事故は、同一の交差点付近で起きており(距離にして約八・五メートル、甲第二号証、平成四年五月二七日実施の実況見分調書)、前記杉山供述によれば、両事故の起こった時間的間隔は、せいぜい数分程度であったと思われる。なぜなら、杉山は、第一事故目撃直後信号が青になったので進行し、信号待ちをしていた地点と七〇メートルと離れていない電話ボックスで一一〇番通報し、一一〇番通報はすぐに通じたことからして、一一〇番通報自体にかかる通常の時間(事故の概要を警察官に報告する最小限度の時間)を加えても、右一連の行動に要する時間は、多くても数分程度と考えられる。

また、右両事故の間で、原告に対して、訴外滝口と訴外折原以外の第三者の行為が影響を及ぼしていることを示唆する証拠はない。

さらに、たしかに後遺障害とされる外傷性のてんかんは、頭部外傷による脳挫傷の後遺障害であると考えられる(乙第五号証)が、これが第一事故によるもので、第二事故によるものではないことが立証されているとは言い難い。第一事故及び第二事故の具体的な態様(衝突の部位、程度、転倒の仕方、轢過の部位、程度等)については、杉山の供述も確たる証拠とはなりえず、原告自身が第一事故及び第二事故の双方の影響で場所的に移動している(甲第二号証)ことをも考慮すれば、原告の頭部の外傷が第一事故からのみ生じたと認めることはできない。

被告は、被告のみに対して訴訟を提起し、訴外滝口の側に何らの責任追及をしていないことをもって不公平であるとも主張しているが、そもそも共同不法行為者の中の誰を被告にして訴えを提起するかは被害者側の自由であり、本件にあっては、訴外滝口は平成四年四月二四日に自殺した(訴外折原、弁論の全趣旨)のであるから、被告のみを相手に訴訟を提起したことに特段の問題はない。

以上によれば、本件は、一般の共同不法行為の事案として、原告の人的損害についてはその全損害について訴外滝口のみならず被告も責任を負うべきである。

四  過失相殺の有無、程度について

1  前記杉山供述によれば、原告が横断歩道を渡り始める際には、その対面信号は赤を表示していたものであるから、過失相殺がなされるべきである。

原告は、杉山供述はこの点については信用性がないと主張している。

しかし、杉山供述が一般的に信用性が高いことは前述したとおりである。そして、第一事故を杉山が信号待ちをしている時に目撃したという以上、杉山と同方向に進行する歩行者である原告の従うべき信号は赤であったと言わざるを得ない。

原告は、杉山が第一事故を目撃した地点からは第一事故が起きたと思われる地点は見通しが悪いことを強調しているが、見えないことはなく(甲第一七号証の五、六)、杉山の第一事故の目撃状況についての供述は一貫している。

したがって、原告は赤信号で横断を開始して第一事故に遭ったものと認められる。原告も、原告が本件事故当時と同様の動きをした場合、本件の横断歩道を渡るときは信号のサイクルがちょうど変わり目前後に当たることを認めている(原告本人)。

2  では、訴外滝口の信号はどうであったか。

この点、訴外滝口が死亡しており滝口本人の認識を知ることはできないが、訴外滝口が従うべき信号は、原告の対面信号が「青」になる前に、「全赤」が五秒、「右折可」が五秒、「黄」が三秒あるのであり(甲第一八号証)、本件交差点の幅が、訴外滝口の進行方向からみて四〇メートルをこえる大きなものであること、及び杉山の第一事故を目撃してから杉山の対面信号の青を確認するまでの時間的間隔の誤差等を考慮しても、訴外滝口が交差点に進入してから杉山が自己の対面信号の「青」を確認するまでに一三秒以上かかるとは考え難く、訴外滝口が交差点に進入した時点では、少なくとも「青」ではなかったと認めることができ、「黄色」か「右折可」のどちらかであった可能性が高いと考えられる。

3  その他、原告には、夜間、片側三車線と四車線という幹線道路を横断していたこと等の、一方、訴外滝口には、制限時速五〇キロメートルを超える速度で走行していたことが認められ(杉山供述によれば、時速八〇キロメートルは出ていたという。杉山の観察が正確とは言い難いが、制限速度を少なくとも一五キロメートル以上超過していたであろうことは認められる。)、これらも、過失相殺の割合を決定する上で重要な要素と考えるべきである。

4  以上の事情を総合考慮すれば、過失相殺率は四割が相当である。

五  損害額について

以下においては、各損害ごとに裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。

1  治療費等 金四六万五四四六円(原告の請求額は金四九九万四二七〇円)

甲第二三号証によると、既にかかった治療費は金四〇万八六一九円である。将来の治療費は、抗痙攣剤の投与を向こう二〇年間必要として、原告の実負担分年間四五六〇円をライプニッツ係数を使って中間利息を控除すると、金五万六八二七円となる。

原告は、健保の給付分も併せて請求しているが、これは、原告の実損害とは言えない。

2  入院付添費 金一八万円(原告の請求額は金二四万円)

前記認定のとおり、原告は、平成四年三月二四日から五月二四日までの六二日間入院し、当初は相当重篤な状況にあったことに鑑みると、三〇日間の近親者の付添が必要であったと認められるから、一日六〇〇〇円として一八万円を認める。

3  入院雑費 金八万〇六〇〇円(原告の請求額は金八万一九〇〇円)

一日一三〇〇円の割合で入院日数分(前記の六二日間)の金八万〇六〇〇円である。

4  休業損害 金八三万六〇五二円(原告の請求どおり)

原告は、本件事故により勤務先を四二日間休み、その間有給休暇を取得せざるを得なかった。この間も休業損害があったものといえるから、原告の請求の仕方(過去三か月分を実勤務日数で割って、その日額に四二日を乗じた)どおりの休業損害を認めることができる。

5  後遺障害逸失利益 金二四〇五万七六六九円(原告の請求額は金三四五一万三六〇八円)

原告が症状固定をした平成七年の前年において年収七三一万〇六九五円の収入を得ていたことが認められる(甲第一九号証)。

また、原告は後遺障害別等級において九級一〇号の認定を受けていることも前述のとおりである。

原告は、後遺障害として症状が固定した後も、本件事故時と同様の大手企業に勤務しており、会社側の配慮もあって、車を極力乗らなくてもよい顧客を相手に営業等の仕事をしているものと認められるから(原告本人)、原告の後遺障害が直接原告の収入に大きな影響を与えているとは言いにくいが、てんかん発作を起こす危険性を仕事面でも考慮せざるを得ない点をも考慮すれば、二五パーセント程度労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。

原告は、症状固定時である平成七年七月の時点で四五歳であるから、労働能力喪失期間を二二年として、ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、逸失利益は金二四〇五万七六六九円となる。

6  慰謝料 金七九〇万円(原告の請求額は金八五〇万円)

傷害慰謝料としては、前記認定の入院及び通院状況その他本件交通事故の態様等を総合考慮して、金一五〇万円が相当である。

原告は、被告の事後の対応の悪さを強調して、慰謝料を増額することを求めているが、訴外折原あるいは被告が、故意に本件事故態様等について事実を歪曲または隠蔽しようとしたとまでは認定することができないから、ことさらその点を重視した慰謝料を算定することは相当ではない。

後遺障害の慰謝料としては、金六四〇万円が相当である(原告の請求どおり)。

したがって、慰謝料の合計額は金七九〇万円となる。

7  以上の合計額三三五一万九七六七円に、前記の過失相殺をすると、金二〇一一万一八六〇円となる。

損害のてん補を受けた分を控除すると、金一五一八万三八六〇円となる。

8  弁護士費用

原告が、本件訴訟の提起、追行を原告代理人らに委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情を考慮すれば、弁護士費用は金一五〇万円と認めるのが相当である。

したがって、本訴における認容額は一六六八万三八六〇円となる。

第四結論

以上により、原告の本訴請求は、金一六六八万三八六〇円及びこれに対する平成四年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、原告のその余の請求は理由がない。

訴訟費用については、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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